「無条件の愛」を味わえるマンガ「おじさまと猫」

初めて猫を飼う「おじさま」と、猫「ふくまる」のマンガ、桜井海さん作「おじさまと猫」についてのシェアです。

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おじさまは、ふくまるを全肯定

おじさまは、ふくまるが何をしても「ふくまるは優しいね」「ふくまるはいい子だね」「ふくまるは賢いよ」と優しく言葉をかけます。
ちょっぴりブサイクなふくまるがかわいくて仕方がないのです。

ねこ
街角のねこ

おじさまは、常にふくまるを全肯定します。

たとえば。
ふくまるは、おじさまの家にあるピアノがダイキライ。
大きくて威圧感がある「黒いの」よりも、自分の方が上だと証明したくて、ピアノの上にどすんと座り込みます。

ふくまるは、「ふくまるは黒いのより上にいる。つまり、ふくまるの方が偉いにゃ」と主張しているつもり。
しかし、おじさまは「ふくまるはピアノが好きなんだね。いい子、いい子」とふくまるを愛でる。まさかピアノが嫌いだなどと想像すらしない。
ふくまるは「ちがうにゃ」と言う(鳴く?)のですが、もちろんその言葉(鳴き声?)は通じていない・・・…。

きっとおじさまは、「ピアノは嫌いにゃ」というふくまるの本心を知っても「だめな子だな」とは言わないでしょうけれど。

ふたりのあいだの思い違いなど、何の障害にもなりません。おじさまは、なにがあってもふくまるが大好き、何をしても、何と言っても(鳴いても?)全肯定なのです。

全肯定=無条件に愛する

おじさまに強烈に愛されているふくまる。しかし、ふくまるが物理的におじさまの役に立っているわけではありません。
たとえば、ネズミを捕まえるとか、どこかから魚を調達してくるとか。
そんなシーンはありません。

ふくまるは、大人しくて聞き分けがいいわけでもありません。
ピアノの椅子でこれでもかと爪を研ぎ、椅子を台無しにしてしまいます。

それでも、ふくまるは愛されます。

ふくまるは、何もしなくても、何かしでかしても、おじさまの目をとろけさせ、頬をゆるませるのです。ただただ、無条件に愛されているのです。

「おじさまと猫」を読んでいると、自分がふくまるになった気分になります。
無条件に愛されるって、こんなに温かい気持ちになるのだなぁと心が緩み、ついでに涙腺も緩みます。
「読んで号泣」という感想が続出しているのは、きっとこのあたりじゃないでしょうか。

もちろん私も読むたび号泣です。自分が赤ちゃんだった遠い日、私はきっとこんなふうに無条件に愛されていたに違いない・・・となつかしさがよみがえるのです。

大人になるとついつい忘れがちな「無条件に愛される感覚」を思い出すには、「おじさまと猫」はもってこいです。

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自分を「ふくまる」とみなす「自分ふくまる化プロジェクト」

「ふくまる」的存在が、現在のリアルな生活の中にいれば、私たちはおじさまのように「無条件に愛する」という経験ができるでしょう。
でも、「ふくまる」的存在がいなくても、同じ経験はできると思います。
それは、自分を「ふくまる」的存在にすることです。


何もしなくても、愛する。
たとえば、休日に一日寝転がって昼寝とマンガ読むことだけを繰り返していても、「いい子だね」と愛でる。
もぉ、ゴロゴロしてばかり、何やってるの!!なんて言わない。

ねこ
ごろごろしている

何をしても、愛する。
うっかりお皿を割ってしまっても「お皿が形を変えてみたかったんだね」と優しく声をかける。もちろん、第一声は「けがはなかったかしら?」。
もぉ、高かったのに!もっと気をつけてよ!なんて言わない。


今すぐ始められる、「自分ふくまる化プロジェクト」。
何をしていても、何もしなくても。
この、今の自分がよいのだなぁ……という感覚に、うっすらと、ひたれます。

誰かから無条件に愛されることも素敵。
誰かを無条件に愛することも素敵。
自分を無条件に愛することも素敵。

このすべてを、一人で手軽にお試しできます。

そして、「おじさまと猫」は、こちらから試し読みできます。