ホロスコープの天体の力を発揮して生きる ミヒャエル・エンデ「モモ」のメモ

ミヒャエル・エンデ作『モモ』の読書会のメモ。
作品の半ばで、これって西洋占星術のことだよね??と思わずにはいられない箇所がありました。

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エンデとグレート・コンジャンクション

『モモ』の12章。
モモは、亀のカシオペイアに導かれ<どこにもない家>に着きました。
家の中には、幾千種類もの時計が並んでいます。

モモを迎え入れたのは、家の主人であるマイスター・ホラ。
「おまえはじつにおどろくほど正確に時間に間に合ったね。」とにっこりしながらモモに時計を見せます。その時計について、マイスター・ホラはモモにこう言います。

「これは星の時間をあらわす時計だ」と、マイスター・ホラは言いました。「めったにあらわれないような星の時間を、確実におしえてくれる時計なんだが、ちょうどいまそういう一時間がはじまったところなのだよ。」

「モモ」岩波書店、ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳

「星の時間をあらわす時計」。
これって、ホロスコープのこと?

「めったにあらわれないような星の時間」。
ひょっとしてこれは、木星と土星が出会うグレート・コンジャンクション?

木星の公転周期は約12年、土星は約29年。
「グレート・コンジャンクション」と呼ばれる、このふたつの天体が出会うタイミングは約20年に一度です。
「めったにあらわれない」に区分してもよいでしょう。

ちなみに、『モモ』は1973年刊行。
その直前にあったグレート・コンジャンクションは1961年です。

1961年は、エンデ自身に大きなトピックがあった年なのでしょうか。
ちょっとWikipediaをチェック。

1961年 – Jim Knopf und Lukas der Lokomotivfuhrer (日本語訳:『ジム・ボタンの機関車大旅行』)がドイツ児童文学賞をとり、生活が安定

Wikipedia

児童文学賞をとるって、かなりビッグな出来事。

生活が安定したエンデは、その3年後に8歳年上のインゲボルク・ホフマンと結婚し、イタリアに移住しています。

『モモ』は、イタリアのローマを思わせる町が舞台。
イタリア移住が『モモ』を創造するきっかけとなったのでしょう。

「星の時間をあらわす時計」はホロスコープ


そして、続く描写も「ホロスコープじゃないのか疑惑」に追い打ちをかけます。

「いいか、宇宙には、あるとくべつな瞬間というものがときどきあるのだ」と、マイスター・ホラは説明しました。「それはね、あらゆる物体も生物も、はるか天空のかなたの星々にいたるまで、まったく一回きりしか起こりえないようなやり方で、たがいに働き合うような瞬間のことだ。そういうときには、あとにもさきにもありえないような事態が起こることになるんだよ。だがざんねんながら、人間はたいていその瞬間を利用することを知らない。だから星の時間は気がつかれないままに過ぎさってしまうことが多いのだ。けれどもし気がつく人がだれかいれば、そういうときには世の中に大きなことが起こるのだ。」

「モモ」岩波書店、ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳

「宇宙には、あるとくべつな瞬間というもの」が時々あって、そんな時には「あとにもさきにもありえないような事態が起こることになる」。

エンデの生涯には、いくつもの「あるとくべつな瞬間」があったと思います。
この児童文学賞受賞もきっと、そのうちのひとつでしょう。

時計

続いてモモは、マイスター・ホラに連れられて「時間のみなもと」を見に行きます。

そこでモモは、これまでに見たことのないような美しさの「時間の花」が咲いては散り、咲いては散る光景を見ます。
その場にあふれる、数えきれないほどの種類の音にじっと耳をかたむけていると、モモには、はっきりと力強く響く声が聞こえてきました。

それは、太陽と月とあらゆる惑星と恒星が、じぶんたちそれぞれのほんとうの名前をつげていることばでした。そしてそれらの名前こそ、ここの<時間の花>のひとつひとつを誕生させ、ふたたび消えさらせるために、星々がなにをやり、どのように力をおよぼしあっているかを知る鍵となっているのです。

「モモ」岩波書店、ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳


読書会では、このあたりまで読み進めたところで、「ホロスコープじゃないのか疑惑」が満場一致で「疑惑」から「確信」に変わりました。

実際のところ、エンデが何をイメージしていたのかは知るべくもありません。
でも、読み手の想像にゆだねられるのが、物語の楽しいところ。
そこは、正解・不正解のない世界です。

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ミヒャエル・エンデのホロスコープ

こうなるとエンデのホロスコープを見てみたくなるのが人情というもの。

エンデは1929年11月12日、ドイツ・ガルミッシュ・パルテンキルヒェン生まれ。
太陽、水星、火星が蠍座。月が魚座で、金星が天秤座といった個人天体の配置になっています。

主人公である、小さな女の子のモモ。
作品では、彼女がじっくり相手の話を聞いていると、その相手の深いところから勝手に答えが出てきてしまう様子が出てきます。

しかしモモは、特別質問力が高いわけでもなければ、上手に相槌を打つわけでもありません。
ただ聞いているだけなのに、相手の中から答えが飛び出してしまう。

モモがもっている「表立っては見えない隠れたものを見る力」。
これは、まさに蠍座。

エンデのホロスコープの中で、蠍座にある天体たちが、モモをとおして表現されているに違いない!エンデはここで自分を表現しているのだ!
月が魚座っていうのも、ファンタジーにぴったり!
などと、読書会はいつのまにかホロスコープリーディング大会になっておりました。

ちなみに、1961年のグレート・コンジャンクション。
この時の木星・土星は、エンデの出生時の冥王星と相対する180度の位置、つまりオポジションにありました。

経済的に不安定な生活をしていたであろうエンデ。ここで、ネイタルの冥王星が、トランジットの木星と土星に働きかけられて、得意の「再生」パワーを発揮。

児童文学賞を受賞するという 「あとにもさきにもありえないような事態」が起こり、貧困からの復活劇をとげたのかもしれません。

エンデは、児童文学賞を1974年にふたたび『モモ』でも受賞しています。それを加味すれば、児童文学賞受賞は「あとにもさきにもありえない」ことではないのですが、エンデにとって最初の受賞は「あとにもさきにもありえない」ような思いがけないこと、だったのでしょう。

天体たちの力を発揮させる生き方


同じくエンデの作品で、岩波現代文庫になっている『鏡の中の鏡』(ミヒャエル・エンデ作、丘沢静也訳)。
訳者あとがきにこんな部分がありました。

禅などにも共感をしめすエンデは、『鏡の中の鏡』が日本でどのように読まれるのか、大きな期待をよせている。そして訳者には手紙で、アレフやタロットとの関係、文体の変化、原書の誤植など、親切に説明や指示を与えてくれた。

『鏡の中の鏡―迷宮 ミヒャエル・エンデ』 

『モモ』とは違う作品ですが、自分の作品と「アレフやタロットとの関係」について訳者に手紙で説明したという事実がある。
ということは、西洋占星術にも関心・知識があったと考えても不自然ではありません。

ホロスコープに表れる天体たちは、実生活での役割だけではなく、その人が生み出した作品などに反映されることもある。

作家や画家のホロスコープを見てみると、「だからこういう作品を創造したのか」なんて想像がふくらみます。

どんな形にせよ、天体たちの力をできるだけ発揮させること。
それを頭の片隅においていると、自分で納得できる生き方に近づいていけると思います。