数で表すことを忘れてみる【ミヒャエル・エンデ「モモ」のメモ】

ミヒャエル・エンデの『モモ』。昔読んだっきり、内容を忘れているこのお話。今読み返してみると、こんなに示唆に富んだお話だったのかとびっくりします。

これは、大人になった今こそ読むべき物語だ!!

ってことで、「モモ」を少しずつ読んで感じたことを自由に話そう♪という読書会をスタート。

初回を終えたところで、こんなツイッターが流れて来て驚いた・・・。

読んで発見したことをシェアする「モモのメモ」です。

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数を知らないモモ

「そうか、そうか。でもおまえはまだ子どもだ。-いったいいくつだね?」

「百」と、モモはためらいがちにこたえました。

みんなはどっと笑いました。冗談だと思ったのです。


「モモ」岩波書店、ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳

数字は便利。知っていると、たいていのことを表せる。

年齢、広さ、高さ、スピード、人数、本を読むのに必要な照度、値段、血圧、血糖値、お客様満足度、体重、貯蓄額、発行部数、ラーメンを作るのに必要なお湯の量、偏差値、降水確率、気温、今日のラッキー度、平均所得、所要時間、ミシュランの星。

数字を見ると、数字で表されたものを、私は良く知っているぞ!という気持ちになれる。

「今日の血圧は上が120、下が80」なんて。

血圧を測ることで、血圧なるものを把握できたように思う。

さらに、数字というのは比較ができる。

比較というのも便利なものだ。「少しでも安く」「少しでも早く」「少しでも楽に」するには、どれを選んだらいいかがわかる。

また、数字を比較すると、数字で表されたものをなおさら深く理解できたという気持ちになれる。

「日本の人口は約1億2千万人。ニウエ(ニュージーランドの北東)の人口は1500人か」なんて。

ニウエは1500人の小さな国だ、とニウエなるものを把握できたように思う。実際に訪れたことはなくても。

でも、モモは「数をあらわすことば」をほとんど知らない。わずかに知っていることばも、聞きかじりで覚えただけ。

物語の中に、モモの年齢を「まだ八つぐらいなのか、それとももう十二ぐらいになるのか」と書いてあるから、「百」というのはかなり実年齢とかけ離れているはず。

つまり、「百」と言ってはみるものの、「百」とはどういうものかを知らずに口にしているだけなのだ。

自分の年齢を「百」と答えるモモは、明らかに「正しくない」。

それでも普通に暮らしている。正確に数を知らなくても、特段支障はないらしい。年齢を聞いたおとなたちに、笑われたりはしたけれど。

「おいくつですか?」と聞かれて、「45歳ってアラフォーって言っていいのか、四捨五入だからアラフィフって言うべきか?」と迷うくらいなら、いっそ「百歳です」って言ってしまえばどうですか。

数で表せることだけが、いつでも正しいわけではない。そして、いつでも正しくないといけないわけではないのだから。

モモのメモ
数で表すことを忘れてみる

☆☆☆☆☆

モモが住み着いたのは、大きな都会のはずれにある小さな円形劇場の廃墟。

本文には、劇場は石材でつくってあり、「観客席は、すりばち型に、上にゆくほどひろがりながら重なっている石段」と描写されている。

石段の観客席、こんな感じなのかな?

崖の上の野外劇場 ミナックシアター(イギリス)訪問

2017年9月11日