飛騨一宮水無神社の「ねじの木」

岐阜県高山市にある飛騨一宮水無(みなし)神社
鳥居から先に広がる境内が開放的。背景の山も美しく、きれいな空気にほっとできる神社です。
この神社にある「ねじの木」に目を奪われたのでシェアします。

飛騨一宮水無神社
山の木々と一体となって清々しい!!

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一夜にしてねじれた?「ねじの木」

境内にあるヒノキの枯樹が「ねじの木」です。

ねじの木
枯れてしまった木ですが大切に保存

近くに寄ってみます。
樹皮にご注目。うにゃっとねじ曲がってます。

ねじの木
波打っています

ヒノキ横に説明書きがありました。作成は飛騨一之宮観光協会です。

冒頭に、ヒノキがねじ曲がった理由は「自然の作用である」と明示。
神社のホームページにも、次のように自然現象によるものとして説明されています。

この拗の木は檜で左巻にねじれており、原因については陽光の影響か、特別な風の通路に枝を張っていてそのためにねじれるか、内部で一方的に細胞の分裂が起こるのかもしれないと言われています。

飛騨一宮水無神社ホームページより

「自然現象です」としながらも、脈々と語り継がれている「一夜でねじ曲がってしまった伝説」が興味深い。ふたつの伝説が書いてあります。

ひとつめ。
ヒノキが育ちすぎて、日当たりが悪くなった近隣の人々が「伐採してしまおう」と相談していていました。すると、ヒノキは一夜のうちにねじ曲がってしまいました。人々はヒノキに謝り、伐採を取りやめました。

ふたつめ。
高山市内を流れる宮川。江戸時代中頃、この宮川にかかる中橋が洪水で流されてしまいました。
中橋再建に当たり、神社のヒノキを橋材として差し出すよう代官が命じます。
しかし、当時の農民一揆で多くの犠牲者を出した村人たちは、代官の命令に素直に従う気持ちにはなれません。そこで神社側はねじの木を示し、「神意で一夜のうちにねじれてしまった」と説明。この説明により、神社の他の木も含めて伐採は取りやめになりました。

このねじれっぷりを目の当たりにすると、「伝説でしょ」と片づけるにはもったいないような、ヒノキの意思を感じます。植物の力はすごい。

なお、神社のホームページでは、ねじの木の説明がこんなふうに締めくくられております。

里人からは神霊の宿る霊木として、とくに婦人の信仰がすこぶる篤く、むかしは若い子たちがこの木に願をかけ、姑の意地悪を封じてもらったとの言い伝えがあります。

飛騨一宮水無神社ホームページより

島崎藤村の父の歌碑

境内に歌碑を発見。

末尾に「正樹」。

「正樹」って誰?と思ったら、隣に詳しい説明がありました。
「正樹」さんは、島崎藤村のお父さん。明治の一時期、宮司として水無神社に赴任していたそうです。
小説「夜明け前」の主人公は、この島崎正樹さんがモデルになっています。

「夜明け前」といえば「木曽路はすべて山の中である」という書き出しが有名ですが、内容は思い出すことができません。きっと私は、作品を読んでいないのでしょう。

中学くらいの国語のテストで、小説の書き出しと、作者・タイトルを正確に結び付けられるかを見る問題がありました。

そのおかげで、いくつかの名著の書き出しは覚えているけれど、これって国語力を試す問題というよりは、一般教養だよね、今考えると。

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左甚五郎作?と伝えられる神馬

白と黒、二体の神馬の彫刻がこのなかに納められています。

黒い馬は、「左甚五郎」の作と言い伝えられている稲喰神馬。「体のどこかに隠し柄があり、それを抜けばたちまち解体されるという」と説明書きがありました。

左甚五郎は、江戸時代初期の彫刻職人。日光東照宮の眠り猫も甚五郎作と言われています。

甚五郎が実在の人物かどうか、様々な意見があるようですが、江戸時代にはこうした超絶技巧の職人たちが活躍していたことは間違いない。彼らがあちこちに残した足跡を見るのは楽しいです。


そんな甚五郎にあやかり(?)、このあとは高山ラーメンのお店「甚五郎らーめん」へ・・・。

甚五郎らーめん

飛騨高山の「お持ち帰り用 甚五郎らーめん」は「生」ねぎ入り

2019年7月10日

飛騨一宮水無神社
とってもりりしい狛犬に見送られる