大アルカナ「恋人」は思い出させてくれる!「『愛のあかし』などいらない」


恋愛のご相談は占いの鉄板。
その中でも「相手が自分のことをどう思っているか」というテーマは、恋愛相談カテゴリーの中の90%を占めます(当社調べ)。

「気になる人がいるんです。彼は私のことをどう思っているでしょうかっ!!」という片思い時代のご相談も多いのですが、では晴れて両想いになったらそういう相談がゼロになるのかといえば決してそうではない。

むしろ、両想い時代にこそ「相手が自分のことをどう思っているか問題」が浮上してくる気がします。

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ほんとうの安心感はモノからは得られない

ラインの返事が遅い。もしくは返事が来ない。
週末は忙しいからと、時間を取ってくれない。
誕生日のプレゼントがしょぼい。

こんなとき、ふと心をよぎるのがこのふたつのクエスチョン。
私はほんとうに「愛されているのか?」「彼のことを信じてよいのか?」

「両想いである」という状態ではあるもののどうもそれだけでは安心できない。
「愛されている証拠」「大切にされている証拠」が欲しいのですよね。

その証拠によって本当に得たいものは「安心感」ですが、それはトラック一杯分のプレゼントやラブレターを積み上げても得られるものではありません。

なぜなら、ほんとうの安心感は目に見えないから。
もので表すことはできないから。

「気持ちをカタチに」というフレーズはジュエリー会社の広告においては真実ですが、実生活では必ずしも真実ではないと思います。

形がなくても感じられる

私たちは「目に見えるものを証拠として採用したい」という傾向があります。カタチになっていて、見たり触ったりできると「ある」という実感がわくのでしょう。

しかし、カタチになっていないものも私たちはちゃんと「ある」と実感することができています。音や香りはその最たるもの。味覚も同じです。

甘いという味覚を引き起こす「ケーキ」はカタチがありますが、「甘い」という味覚自体にカタチはありません。

ただ、目に見えたり触ったりできるものと比べると、なんとなく影が薄いですよね。
「あるな」と注意を払っていないと「ない」。
ほんとうはあるのに、気づかない。

鳥のさえずりや花の香りに気づくのは、心に余裕があるときです。

だから、愛されているという目に見える証拠を求めようと頑張っているときは、心に余裕がないときです。


目に見えない「ホッとする安心感」は得るものではなくて感じるもの。
モノという形になったものを「得る」必要はないのです。

ちょっとだけ心をゆるめて「感じる」ことができれば、欲しかった「安心感」はいつでもどこでもあなたの中にあります。

目の前に「問題」のように映っているのが恋愛以外の場合でも同じです。

大アルカナ「恋人」は「愛されている証拠などいらない」ことを思い出させてくれます。