大アルカナ「女帝」は思い出させてくれる!「大切なのは他人ではなく自分を愛すること」

「あなたのこういうところが好き」

私たちがこのように言うとき、「こういうところ」には、面白い・親切・楽しい・明るいなど、いろいろな言葉があてはまります。

ただ、そこに入る言葉には暗黙の条件がある。

それは「ポジティブなイメージ」のもの。
だから、つまらない・いじわる・陰鬱だなどという言葉は、あまり選ばれません。

とはいえ、あまり選ばれない言葉で表される面は誰もがもっています。
ちょっと暗かったり、意地悪だったり、後ろ向きだったり。
表立って「そこがいいところだよね!」と言われることがない部分。

自分を愛するというのは、そういう部分も「いいんじゃない?」と認めてあげること。
それが思いやりをもって自分を受け入れるということです。

love me

なのに、私たちはそういう面をなくそう、消そうと頑張ります。好かれるために、愛されるために。残念ながら、いくら頑張ってもなくなりません。

それどころか、せっかくの完全な円のあちこちを虫食いにしてしまい、形がないものにしてしまうのと同じこと。
面白いとつまらないの両方があって完全な円。
片方だけでは円にならないのです。

女帝は、母親のイメージに例えられます。
私たち人類が共通でもっている母親のイメージは「自分をホッとさせてくれる人」。
実際の母親がどうであるかは関係なく、母という言葉を聞いたときに「包まれている」とか「安らぐ」といった、柔らかな安心できるものを呼び起こします。

自分を安らかに、安心した状態にさせてあげるのは自分です。
その役割を他の人に託す必要はありません。

そして、自分を愛するのに努力は不要。
がんばって、もがいて獲得するものではないからです。

自分の一部と闘っているうちは、決して癒されません。自らの一部である苦しみを愛せずにいる限り、あなたの愛は条件つきの愛であり続けるでしょう。
苦しみは自分を嫌うことによって癒されるのではなく、自分を愛することによってのみ癒されます。自己嫌悪は流砂のようなもので、もがけばもがくほどあなたはどんどん深く沈んでいき、やがて息ができなくなってしまうでしょう。でも、もがくことさえやめれば、そこから逃れられるのです。

ティール・スワン「自分を愛せなくなってしまった人へ」

大アルカナ「女帝」は「自分を愛することの大切さ」を思い出させてくれます。