「自分に優しくする」とは、キラクでいるということ 

「自分に優しくする」。初めてこの言葉を聞いたとき、私はさっぱり理解できませんでした。

理解できなかったのはなぜかというと、優しくする対象に「自分」は入っていなかったから。優しくするのは他人もしくは自分以外の何かに限定されていました。

つまり、「自分に優しさを向けられる」ことを知らなかった

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知らないことは、存在していないのと同じこと

先日、「皮ごと食べられる1本600円のバナナ」というものがあることを知りました。

衝撃でした。皮も食べられるように国内で栽培されたバナナらしいです。

皮が食べられるバナナは、私の世界に存在していなかった。

だから、「バナナを皮ごと食べましょう」と言われても「は?理解できない」と言うしかない。

「自分に優しさを向けられる」と言われても「は?」だったのは、この皮ごと食べられるバナナと同じこと。知らないということは、存在していないということだと実感しました。

というわけで、「自分にも優しくすることができる」という考え方もあるんだな、と自分の世界に新たに存在させるところから始まりました。皮ごと食べられるバナナがこの世にあるんだな、と認識したように。

青空

「自分に優しくする」という具体的な内容がわからないのはこうした

他人に優しくするのは、結構簡単にイメージが湧きます。

「困った状態を解消する手助けをすること」だったり、「さらに良い状態になるようにサポートすること」だったり。

イメージが湧くことは、行動に移せます。

な・の・に~!

自分相手となると、立ち止まる。

「自分で解消できないから困った状態になっている。それを、自分で助けてあげるって無理でしょ?」

という疑問が湧くわけです。

自分相手に優しくしているイメージが出来ないということは、そもそも「自分に優しい」の定義が違うのかも??と考えました。そこで、本を読んだり、実際に専門家に話を聞いたりして調べまくってみました。

※このあたりのことはコチラに詳しく書いてあります

 

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「自分に優しい」を自分で理解できる言葉で書き直した

図にするとこんな感じです。

自分に優しくとは

次にもう一押し、「ラクな状態」を掘り下げてみました。

「ラクな状態」には、体バージョンと気持ちバージョンがあります。

このふたつはお互い作用しあっています。

膝も曲げられないくらいピッチピチのスキニーデニムを履いたと想像してみてください。

一瞬で窮屈な気分になります。

あまりに苦しいので、パジャマに着替えたと想像してみてください。

一瞬でリラックス気分です。

体が窮屈だと気持ちも窮屈。

体が疲れていれば気持ちも疲れる。

眠ければ機嫌が悪くなるし、おなかがすけばイラっとする。

眠い時は寝る。おなかがすいたら何か食べる。

と、「ラクな状態」に体を整える方法は割とわかりやすいのですが、気持ちを整えるのはどうすりゃいいの?と立ち止まりました。

ここで再び、「自分に理解できる言葉に書き直す」を発動!

「考え方を選ぶ」ことができることを知る

体をラクな状態にするために、何をしているかと言えば、「よりラクな状態を選んで、変えること」でした。

スキニーではなくパジャマを選ぶ。で、着替える。

眠いのをガマンして起きているのではなく、素直に寝ることを選ぶ。で、布団に入る。

これを心についてもやればいいじゃないの。というわけで、出たひとつの結論が次の図、「考え方を選ぶ」です。

※このあたりのことは コチラに詳しく書いてあります

自分に優しくとは

「考え方を選ぶ」をさらにもう一押し。

具体的には、どういう考え方がいいの?というひとつの基準をまとめたのが次の図。

何でも最初は「型」があるとやりやすいのです。

テニスもゴルフも、基本となるフォームをまずは真似する。

新しい考え方を取り入れるのも同じこと。

自分に優しくとは

※このあたりのことは コチラ やコチラもどうぞ

というわけで、一言で言うなら・・・

「キラクにやろうぜ」

なんですけどね。

※ コチラもどうぞ

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何か新しい考え方・習慣を取り入れたいと思ったら

「その新しい何かを自分の世界に存在させる」ことから始め、具体的に行動に落とし込んでいくときには、「その行動がイメージできるまで掘り下げて自分が理解できる言葉に書き直す」ようにし、「最初は型から入る」をお試しください。

もちろん、どれも「キラクに」

 

ねこ

「無条件の愛」を味わえるマンガ「おじさまと猫」

2019年10月3日