「友人の出産を喜べない私は悪魔です」

タロット
Tさん
結婚して干支がひとまわりし、30代後半になりました。

ここ数年不妊治療中ですが、いまだに子どもを授かりません。40歳に近づきそろそろ年齢的な限界を感じます。

私より遅く結婚した友人も、2人目、3人目を出産していて、その報告を聞くたび心から祝福できない自分が嫌になります。

「こんなだから、私は子どもを授からないのだ」などと考えてしまいます。

子どもさえ授かれば、こんな嫌な思いをしなくていいのに、つらいです……

というご相談でこんなやりとりをしました。

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つらさは子どもを授からないことではない

現状を表すカードに、悪魔が出ました。
カードを見るなりつぶやかれるご相談者のTさん。

Tさん
これ、私です。私は、このカードの悪魔です

悪魔をご自身のように感じられるんですね。
ところで「悪魔だから・・・」の次に続くのはなんですか?

Tさん
私が悪魔だから、子どもが授からないんです。
悪魔のところにやってきたい赤ちゃんなんか、いるはずがありません

このようなやり取りを重ねる中で、私は感じました。

今、Tさんがつらさを感じていらっしゃるポイントは「子どもが授からないこと」というよりもむしろ、「ほかの人の出産を祝福できない自分を受け入れられないこと」だと。

不自然なことは苦しいのです

「心からお祝いすべき」「自分のことのように喜ぶべき」という「理想の私」になりたい。
でも、「どうして私には授からないのだろう」「悔しい」「悲しい」「不妊治療もせず、簡単に授かることが妬ましい」という気持ちがあるのが「現実の私」。

「理想」とかけ離れている自分に嫌気がさして苦しい。
「理想」と真逆の自分が許せなくて苦しい。
「理想」と程遠い自分は悪魔だ。悪魔の自分なんて苦しい。

girl

お話を伺っていると、Tさんのそんな思考過程を感じます。

Tさん
でも、人としてはお祝い事を素直に喜ぶべきじゃないですか?
私が授からないこととは冷静に切り離して考えるべきじゃないですか?

今のTさんは、素直に喜べないから苦しいんですよね?
冷静に切り離せないから苦しいんですよね?

Tさん
うーん。そうです

不自然なことは苦しいんです。
人間は、よほど訓練されていない限り5分間息を止めているのは苦しいですよね。不自然だからです。

今は、がんばって息を5分間止めている状態。
苦しいことはやめませんか?

Tさん
……というと?

素直に喜ばなくていいんですよ。
冷静に切り離さなくていいんですよ。
「素直に喜ぶこと」も「冷静に自分のことと切り分けること」も、今のTさんには不自然なこと。

だから苦しいんです。

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自然な気持ちを見つめてください

他の人の出産を知ったときのご自身の気持ちを、そのまんま素直に見つめてみるんです。「悪魔だ」としか思えない感情だっていいんです。
そこで無理に天使のような気持ちになる必要はありません。

Tさん
う……そんなことを表に出したら……

あ、わざわざ人に知らしめる必要はないですよ!

自分のために、自分だけに、素直な気持ちを出してみるんです。
できれば心の中で思うだけではなくて外に出す。

pen


口に出してもいいし、紙に書くことはさらにおすすめです。

Tさん
いやー、いいんでしょうか。
ものすごい言葉が出てきそうで、自分でも怖いです

はい。どんな罵詈雑言でもかまいません。素直な、素直な気持ち。
誰にも見せないんですから、思い切り書いてください。

Tさん
とは言っても、やっぱり後ろめたい。
ブレーキがかかってうまく書けそうにありません

もちろん、大きな抵抗があるようならやる必要はありません。
書きやすい言葉だけを書いてもいいです。
「腹立つ腹立つ腹立つ」と同じ言葉の羅列でもかまいません。
言葉が難しければ、「キーッ!!!」というような擬音でもいいですよ。

そして、書いたら、それをただ眺める。

「こんなことを感じている自分は悪魔だ」と善悪を判断したり、「どうしてこんな気持ちになるんだろう」と原因を追究したりしないでください。

分析や解釈はご法度です。
だた、見るだけです。

「ふーん、こういう気持ちがあるんだ」と。
水族館で「へぇ、こういう魚がいるんだ~」と、水槽の中の深海魚を見るように。

Tさん
ん?でも、どうしてこう思うのか、と原因が分かったほうがよくないですか?
次からそういう感情をもたなくてもすむように

これは、感情を善悪で区別するためにやるのではないのです。

Tさんがおっしゃる「そういう感情」というのは、「あまり感じたくない感情」のことですよね。「こんな感情はお断り!NO!」と言いたくなるような。

say no

たとえば「嫉妬」「怒り」「不安」などですね。私たちは、そんな感情を「悪魔」に例えたりもします。

でも、敬遠されがちな感情も私たちの大切な一部です。自分という存在を構成する要素は、どれも欠かせないもの。

「これはOK」「これはNO」と区別する必要はないんです。

「自分の中には、天使だけしか住まわせない」と制限する必要はないんです。


物事は何でもコインの裏表。悪魔があっての天使です。

ただありのままを認める

自分の本当の感情を眺めるということは、その感情の存在を認めることです。可否を判定せず、ただ存在することを許すことです。
それは、ありのままの自分でよいのだ、と自分自身を許すことでもあります。

Tさん
そうか。
ちょっと書いてみたいなという気持ちになってきました。
……でも、ほんとうに黒い気持ちなんですけど、いいんでしょうか


いいです。
遠慮しないで。
自分にすら気を使って遠慮していると、きれいごとしか書けませんから、悪魔になったつもりで書いてください!!!
黒いのはあなただけじゃない。人間ならみな同じ。

Tさん
わかりました。やってみます。

そして、ひとこと。
子どもが授からないことに、あなたに一切の非はありません。
あなたはもちろん、誰にも非はありません。

子どもを授からない原因や理由は、誰にもわかりません。
「どういうわけだか、今はたまたまそういうことが起きている」というだけです。「今日はたまたま雨だった」というのと同じです。

たまたま起きているそのことに、どんな感情を抱いてもよいんです。
それをありのまま、素直に存在を認める。
感情をコントロールする必要はありません。

もちろん、この私の意見に「雨と不妊と一緒にするな!頭おかしいんじゃねぇか、このバカ」と思ったら、その思いもそのまんま書いてくださいね。

Tさん
ハハハハハハ!

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まとめ:「ゆるす」と「ゆるむ」


「子どもさえ授かれば、こんな嫌な思いをしなくていいのに、つらい」というお話でしたが「つらさ」のポイントは、子どもが授かる・授からない以外のところにあるとお見受けしました。つまり「つらさ」の源泉は「自分の気持ちを認めていない不自然さ」。

「こんな悪魔のような気持ちをもってはいけない」と、素直に気持ちを感じる前にフタをしてしまうと、たしかに辛いです。
フタをしてみても、嫌な気持ちは結局消えません。

つらさを軽くするには、悪魔のようだと感じる気持ちも、そのまま認めること。

そういう気持ちが自分の中に存在することを許すこと。

まずは、ありのままのあなたを認めて、許してください。
素直な気持ちを見つめて、許してください。

love me

もしかすると、あまりの罵詈雑言に「こんなことを書いてしまった……」と一瞬思うかもしれません。
いいんです。誰も見ないですから。

心のどこかがホッとゆるむのを、必ず感じるはずです。