手出しをしないで待つ時間

ただ待つ、ということは簡単なようで難しい。常に「何かする」ことに慣れている私たちは動いているほうが、実は楽。

「何かする」ということは、ナントカして、ナニカを変えようとしているということ。その動機には「今のままではいけない」という焦りがあります。

ほんとうに?
どうして今のままではいけないの?

「これではいけない」と思い込んでいることを立ち止まって見直してみると、「いけない」は幻想だったということがあります。

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その敵は自分で作り出したもの

タロット


これはソードのクイーンのカード。

クイーンは、オオカミの顔した竜のような、形容しがたい生き物を迎え撃つかまえです。武器は両手に持った大小の剣。

闘う気満々に見えるのですが、不思議なことに目隠しをしています。

これでは相手が見えない。剣を向ける先を見定めることもできない。

闘うのなら、相手を見据える必要があるはず。そして、どのように攻めたらよいのか、あるいは守るべきなのかを考えるはず。

でも、クイーンは心配しているのです。

相手を見てしまったら足がすくむかもしれない。
逃げ出してしまいたくなるかもしれない。
だから、あえて目隠しをして挑む。
自分の勇気をくじかないように。
自分の動きを止めてしまわないように。

私は立ち止まってはいけない、とソードのクイーンは考えています。
何もせずに座っているなど論外だ、と。

なぜなら、闘わなければいけないから。
理由はわからないけれど、とにかく闘わなければいけないから。

ソードのクイーンの心の底にあるのは「世界は闘うものだ」という観念。
その観念に沿うように、自分で次々と敵を作りだす。

目を開けたら実は敵でも何でもないことに気づいてしまったら、自分の観念を否定することになる。だから、目隠しをして気づかないふりをする必要があるのです。

「常に何かと闘わなければならない」という観念にしがみつくために。
そうではない世界があることに気づかないように。

待てる人に敵はいない

タロット

一方、こちらはカップのクイーン。
お腹の中に植木鉢があります。
植木鉢には、今にも花を咲かせようとしている植物が一本。
お腹の中にあるので、水をやったり肥料をあげたりと直接関わることはできません。

できることは、ただ、待つ。
花が咲くのを待つ。
育つのを待つ。
どうなるかを、ただ待つ。
肉体の動揺がお腹の中に影響しないよう、静かに座ってただ待つ。

カップのクイーンの唇には蝶が止まっています。

私たちが口からもらすのは「あぁなったらいいな」という期待か「こうだったらどうしよう」「これだからダメなんだ」という心配や不満のどれかしかないと聞いたことがあります。

蝶がカップのクイーンの唇をふさいでいるということは、そのどれも出てくることはありません。

心配も不満も、そして期待も抱くことなく、ただ待つ。
なぜなら、心配も不満も期待もないから。
それは、見えないところで起こっていることを信頼しているから。

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1日1分。くつろいで、ただ待つ時間をつくろう

ただ待つ。
自分でどうこうしようと手を出さない。
というよりは、手は出せないことをよく知っている。

カップのクイーンの心の底に流れているのは、「起こることを信頼して、ただ待つ」という観念です。

起きていることに手出しをしない。
そんなカップのクイーンになる時間を、1日の中で1回でよいので、意識して作ってみる。

それができるとき、わたしたちは心身をくつろがせることができます。