「私は計算高いんです」……そうですか???

辞書

「あなたはその言葉をどういう意味でとらえているのか」と、いちいち確認することはありません。普段の会話では。

でも私は、占いのご相談の中ではわりと頻繁に確認します。

先日話題になったのは「計算高い」。

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その言葉に抱くイメージを観察する

Aさん
……(略)……なるほど、私は計算高いからな~


どうして「計算高い」と思うんですか?

Aさん
このまえやってもらった「D物うらない」で「計算高い」って言われたんです。
そのとおりだなと思いました。
なぜなら私は、少しでもお得なランチを探すことに命をかけているからです

ん?

Aさん
税込み1000円で「前菜・サラダ・パスタ・自家製パン・デザート三種類盛り合わせ・コーヒー」のランチに、まっしぐらに飛びつくようなヒトなんです、私は


ん・・・???
えっと、「計算高い」って、どういう意味で使われていますか?

Aさん
この値段でこれだけのものが手に入る!と嬉しく思う人、ですよね?

私は、手元にあった金田一秀穂先生監修の「新レインボー小学類語辞典」を引いてみました(オールカラー!小学生向け類語辞典)。

計算高い(形容詞)
いつもそんかとくかを考えてから行動するようす。
例:あまり計算高いといやがられる。

そうか。
税込み1000円で6皿のランチは得だと考えてから行動しているから、「計算高い」のか。

いや?そうかな?

「計算高い」って、もっと腹黒さをまとった言葉だと、私は感じるんだけど……。ソードの7みたいな。

タロット


先の類語辞典の例文にあるように「いやがられる」ような。……なんというか、桔梗屋的なイメージを、私はもっているのですよね。

もし「税込み1000円で6皿のランチの店を探したから行こうよ!」と友達を誘ってあげたら、「わぁ!お得情報!行く行く~」とむしろ喜ばれるでしょう。そこで「計算高い女だな。あんたとはもうつきあわない」といやがられることはないよね?


つまりAさんの言う「計算高い」は「コスパの良さを求める人」というニュアンスに近いのでは?

電卓

と思ったのでその旨をお伝えし、その後は「計算高い」を「コスパの良さを求める人」に置き換えてやり取りを進めました。


別に国語のテストではないので、正誤を判定する必要はありません。
でも、「その言葉に抱くイメージ」というのは人それぞれなので、「これは自分のとらえ方と違っているな」と思ったらその都度確認するようにしています。すると、相談のやりとりがスムーズにいくのです。


これは相談だけでなく、自分を知るためにも有効です。
なぜなら「その言葉に抱くイメージ」を観察することで、心の奥底にある信念が見えてくるから。

言葉は概念。自分に優しい概念に書き換えよう

たとえば「『甘えん坊』という言葉をどうとらえているか」と自分に問うてみましょう。

ねこ

思いついたことを書き出してみたときに「人をいいように使う」と出てくるかもしれません。これには少し非難めいたニュアンスがありますね。よくないこと、という価値判断が見えます。

だから、甘えている人を許せなかったり、なによりも自分が人の手を借りることを許せないはずです。

また「小学類語辞典」を引いてみましょう。

甘えん坊(名詞)
すぐにあまえる人。
例:妹は甘えん坊だ。


辞書は見事に中立です。
「妹は甘えん坊だ」。すぐにあまえる人という性質を述べたら、以上終わり。


善悪の価値判断をしない。
「妹は甘えん坊だ(だからどうしようもない奴だ)」などと言っていない、「どうしようもない奴」は、自分で勝手にくっつけているだけ……。

辞書でそもそもの意味を調べると、あまりの中立さに驚くことがあります。
驚くということは、それだけ自分が勝手に言葉にくっつけてしまった概念(たいていは正誤善悪の判断基準)が大きいということ。

「甘えん坊」を「上手に人に頼る」に書き換えてみたら「甘えん坊」の概念が変わります。

赤ちゃん


概念が変われば、価値判断が変わります。甘えることを自分にも人にも許せます。「上手に人に頼る」のほうが、自分に優しい概念です。

特に「私は〇〇な人」と自分を語るときに使う言葉が大事。
「私は甘えん坊」を、「だからどうしようもない奴」と思いながら言うのと、「だからいつも人に助けてもらえる」と思いながら言うのとでは、緊張度がまるで変わります。

だから、自分を語る言葉には、自分の気持ちがゆるむような概念をくっつけよう。

「甘えん坊」は「上手に人に頼れる人」!

「利かん坊」は「負けず嫌いでガッツのある人!」

「慌てん坊」は「フットワークの軽い人!」

「怒りん坊」は「血気盛んでエネルギッシュな人!」

「食いしん坊」は「育ち盛りな人!?」