どんな人にも「退屈」と「いらだち」という二匹の狐がやってくる

きつね
提供者:StockSnap–894430


師が弟子に秘法を伝授する『魔法修行』についてのシェア、2回目。
前回保留にしていた修行の申し出を、師は受諾したようです。

前回はこちら

magic

あらゆる魔法は、人間の内なる力に始まる『魔法修行』 

2020年5月1日

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第二信 申し込み受諾

師は、申し込みを受諾した旨を弟子に伝えるとともに、これから始める修行のための準備にも触れています。まず取り組むのは瞑想。

師は「ウォータールー駅のまっただなかに坐ってうまく瞑想できるようになるまでは、決して上達したつもりになるな」と師匠に言われた、と述べています。

ウォータールー駅といえば、その大きさも利用客数もイギリスで最大規模のターミナル駅。
上級者になれば、周りがどんなに雑然としていても自分の内側に集中できる、ということなのでしょう。

もちろん、いきなりそんなことはできません。そこで弟子には次のような準備をするように伝えます。

・プライバシーを保つことができる部屋。それが難しければ、好みの絵や象徴図像を小さな額に入れ、瞑想の時だけ机の上に立てる。瞑想が終了したらカバーをかけて引き出しにしまう。

・坐りやすい椅子。多少かための木製の椅子がおすすめ。

・瞑想の結果を記録しておく練習帳。

notebook

そして「もっとも重要な教え」として次のように続けます。

瞑想と日常生活とは、きっぱりと区別をつけなければならない。

W.E.バトラー『魔法修行』平河出版社

瞑想で内側の世界とつながった後は、必ず外界に戻る必要があること。
そうしないと日常世界で求められる務めを果たすことができなくなり、内側の世界でも外側の世界でも使いものにならなくなること、を強調しています。

さらに加えられたのがこんな注意。

最初の体験が次第に薄れてくるように感じ、全くおもしろくない、無益とも思えるような退屈な行法を繰り返さざるをえなくなる。そのとき君は聖書の言葉が全く本当だと分るだろう。「葡萄園を荒らすのは小さな狐である」。

W.E.バトラー『魔法修行』平河出版社


毎日修行を実践していると、退屈といらだちという「二匹の狐」がやってくる、というのです。

毎日続けているのに、思うような成果がでない。
やっていることに意味があるのか、疑問に感じ始める。

「小さな狐」は、大きな狐が入り込めない隙間からも入り込んでくる。
どんな人も必ずこの「小さな狐」に悩まされる。
心は必ず振り子のように揺れる。
そのことを覚えておくように、というのです。

「退屈」と「いらだち」という二匹の小さな狐。
私がこれまでに迎え入れた「小さな狐」の数を数えたら、三桁では足りませんよ……。

これらは「どんな人にも必ずやってくる」狐。だから「やってこないようにしよう」なんて考えなくてよいのです。

狐がやってきたら「よし、ちゃんとやってきた」と、むしろホッとしてみる。そうやって狐を招き入れながらも、やることを淡々と繰り返していけばよいのかもしれません。