あらゆる魔法は、人間の内なる力に始まる『魔法修行』 

提供者:Waldkunst

『魔法修行』という本を、久々に本棚から出してみました。

梨木香歩さんの小説『西の魔女が死んだ』は、主人公の中学生まいが、おばあちゃんに魔女の手ほどきをうける話。文庫カバー裏の案内にはこうあります。

魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。喜びも希望も、もちろん幸せも……。

『西の魔女が死んだ』を気に入った私が、amazonでたまたま見つけてクリックした『魔法修行』。この本に書かれている修行がどんなものか、再読しながらご紹介。

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第一信 よき出会い

『魔法修行』は、秘法を伝授しようとする師が弟子に語りかける口調で書かれています。著者はW.E.バトラー、略歴によると「イギリスにおける『魔法』の第一人者」。

正確なプロフィールは明らかにされていないようですが、訳者は19世紀末の生まれではないか、と推察されています。

弟子に宛てた手紙という体裁なので、章立ては「第一章」という表記ではなく「第一信」。タイトルは「よき出会い」。

魔法修行をしたいという申し出の手紙に対し「許可してもよいかどうか、さらに上のものにお伺いをたてるから待つように」という師の返信から、この本は始まります。

師はその中で、魔法を「思うままに意識の中に変革を引き起こす技術」と定義します。人間の内なる宇宙と外側の世界が結びつく「場」にアクセスする力を引き出すのが魔法だ、というのです。

あらゆる魔法は内から始まる。典礼や儀礼の道具立てはすべて、この内なる諸力を前面に呼び出す助けとなるものにすぎない。

W.E.バトラー『魔法修行』平河出版社

「内から始まる」というのは、『西の魔女が死んだ』で語られる「何でも自分で決める」と似ていますね。外側の力に頼ったり、外側の条件に左右されたりするのではなく、「内側ファースト」という意図が感じられます。

さて、弟子入り希望者は、無事に伝授を許可されるのでしょうか。