「まごころとは?」を考えることの大いなる意義

あなたにとって「まごころ」とはなんでしょうか?

こんな深遠な問いを投げかけられて、しばし考え込む機会がありました。

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日本一の個人投資家・故武田和平さんの生誕86周年イベントにて

この深い問いにぶち当たったのは、2019年2月16日(土)に開催された、日本一の個人投資家・故武田和平さんの生誕86周年企画のイベントでのことです。

多くの参加者で埋め尽くされた会場。10数人ごとのグループになって、ひとりひとりが自分の考える「まごころ」をシェアしあいました。

私が考える「まごころ」は、「自分の直感・心に素直になること」。

みなさん様々な意見がありました。

損得感情のない気持ち。

何も考えず、勝手に体が動いてしまう状態。

目の前のことに心をこめること。

相手のことを思いやる気持ち。

周囲の人が自分に注いでくれる無償の愛。

などなど。

正解がひとつではない問いに向き合うと、その人の価値観が現れる

どの意見も「それもあるね~」と感じるものばかり。

その中で、私が印象に残っているご意見。

・・・普段、私たちの頭の中は、「生活費が~」「子どもの学校の成績が~」など、目の前の小さなことでいっぱいです。でも、時に「まごころとは?」というような、抽象的ですぐに答えが出ないことを考えること。それが「まごころ」だと思います・・・

このご意見、私にはこんなメッセージに聞こえました。

一見答えがないようなことに思いを馳せることで、自分の「真(まこと)の心(こころ)」、「まごころ」にアクセスしてみる。だから、折に触れて、自分の「まごころ」に、立ち返ってみよう。「まごころ」を思い出してみよう。「まごころ」は、自分にとっての指針、誰にも左右されないその人なりの価値観だから。

 

毎日の生活を営む上で、私たちはどうしても目の前の問題に解答を出すことに囚われがちです。

その問題は本当に問題なのか、と吟味することもなく。

本当に解答を出さないといけないのか、と立ち止まることもなく。

しかも、ひとつの解答を出して終わり、ではありません。

また次の問題がやってきます。

終わりなきレース。ゴール無し。

疲れます。

そんなとき「まごころとは?」というお題のような、目の前の問題には何の役にも立ちそうもないことを考えてみたら?

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抽象的な問いかけこそ、「真の心」を知るチャンス 

まずは、頭の使い方が変わります。

目の前の問題を解決しようと考える時に使う部分とは違う部分を使います。

違う部分を使うということは、視点を変えることでもあります。

そもそも問題だと認識する必要がなかったことに気づくこともあるでしょう。

そして、自分なりに考える「まごころ」は、目の前の問題を考える指針になってくれます。

常識や世間体による指針ではなくて、「ほんとうはどうしたいか」という指針。

「真の心」に立ち返ると、目の前にある問題の見え方が変わります。

「まごころとは?」

自分なりの考えを、口に出すなり、文字にするなりでアウトプットしてみると、間違いなくその時の自分にとっての正解が出てきます。

自分の内から出るもの以上の正解はありません。

会場でご一緒させていただいた方々に、たくさんの気づきをいただいた時間でした。

thankyou