自分の中の鬼の話を聞こうじゃないか

「今日は幼稚園に鬼が来る。多分バスの運転手さんだと思うけど。

だから大丈夫だと思うけど。でも、もしも、もしも、本当の鬼だったらどうしよう」

と不安に満ちた表情で登園したのよ、うちの子。

という話を友人から聞きました。

この子の家の近くでは、節分の時期に立派な鬼の人形が街頭に立ちます。

車で移動中に鬼が視界に入ると、慌てて目を閉じて息を止め、「早く行って~!」と叫び、鬼エリアを通過するまで微動だにしないそうです。ごめん、可愛すぎる(笑)。

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鬼は怖いもの、悪いもの・・・?

「鬼退治」なんて言われるように、鬼は排除する対象。

豆まきの掛け声も、「鬼は外」ですからね。入ってくるなよ!と追い払う。

鬼

随分前ですが、私は「自分の過去世はなんだったか」を感じたときにふと鬼が浮かんだことがありました。

厳密にいうと、鬼というより山姥に近いビジュアル。擦り切れた着物をひっかけて、峠を通過する美女を片っ端から脅かして泣かせていました。

「そんなにきれいな着物を着て!私なんて、こんなみすぼらしい恰好なのに。きぃっつ悔しい!!」とかなんとか言いながら。

私はそのイメージが浮かんだとき、いくら「科学的に」真偽を証明できない過去世とはいえ、ショックを受けました。そんな「鬼」が自分の中にいたとは・・・。

よし、今世では、そんな鬼にならないように気をつけよう。

鬼は過去のこと。鬼よさらば。

今世は、鬼とは無縁の暮らしをするのだ。

「鬼は外」。私の中に鬼が入る余地はない!

しかし、それは無理だとわかりました。

じっくり自分の内面を見てみたら。

いやいや、過去世で終了した話じゃない。

今世だって「鬼モード」になる。

しかも割と簡単になれる。

しかも相手は美女に限った話じゃない。

私、また今世も鬼なの?

児童文学者 浜田廣介の名作「泣いた赤鬼」を読み直した

こんなあらすじです。

☆☆☆

人間と仲良くなりたいと思っていた赤鬼がいました。

「心の優しい鬼のうちです。どなたでもおいでください」という立札を家の前に立てました。でも、遊びに来る人間はいません。

信用してもらえないことを悔しく思い、腹を立てた赤鬼。立札を引き抜き悲しんでいると、友達の青鬼がやってきました。

青鬼は、「自分が村で暴れるから、そこへ君がやってきて自分をこらしめたらどう?そうすれば、人間は君はいい鬼だとわかるはず」と提案。青鬼に申し訳ないと思いつつも実行されたこの作戦は大成功。赤鬼は人間と仲良く暮らせるようになりました。

しかし、その後、ぷっつり音信不通となった青鬼。気になった赤鬼は、青鬼の家を訪ねます。すると、青鬼の家の戸にはこんな張り紙が。

「ぼくが赤鬼くんとつきあっていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。だから、ぼくは旅に出るけれど、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。ぼくはどこまでも君の友達です」

赤鬼は黙ってそれを読み上げ、涙を流しました。

☆☆☆

泣ける。今あらすじをタイプしただけでも泣ける。

青鬼にも泣けるし、「ほんとうは仲良くなりたいのに」信用してもらえず悲しみに暮れる赤鬼にも泣ける。

鬼、優しい。赤も青も。自分の中の鬼だって、有無を言わさず「出ていけ」と言われたら、悲しいよね。

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自分の中の鬼と手をつなごう

美女を脅すことは推奨される行為ではないけど(注:今世では、そのようなことはしておりません)、そうするのにもきっと何か理由があるのであろう。

ほんとうは、美女と仲良くなりたいだけだったのかもしれない(注:今世では、おかげさまで美しい女性の友達がたくさんいます)。

ほんとうは、きれいな着物を着てキラキラしたかったのかもしれない(注:今世では・・・今日は一日ジャージで過ごしてすみません)。

そんな気持ちになったら、今世でもチラチラと顔を出す鬼を、「いないことにしないといけない」と青筋立てることが減ったように思います。

・・・「いないことにしないといけない」って、「ない」が3回も繰り返されるあたり、肩に力が入ってますね(笑)。

鬼がいてもええじゃないか。

たまには鬼の話を聞いてあげよう。

タロットカードでいうと悪魔かな。

自分の中の悪魔は、きっとカワイイ悪魔。

タロットカード悪魔