タロット占いのご相談者の方々が言われる「自分には特にやりたいことがない」状況を、こう考えてみる

「特にやりたいことがあるわけではないんですけど・・・」

タロット占いにいらっしゃる方々から、とてもよく聞くフレーズです。

もちろん、この発言に至る背景はおひとりおひとり全く違います。

 

ただ、なんとなく共通しているな、と感じることもあります。

 

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意外に強力!「何かやりたいことがなければ」という思い込み

それは、「やりたいこと」「めざすもの」がないといけないという思い込みです。

しかもその思い込みにはもうひとつオマケの思い込みがもれなくついています。

それは、「ある程度立派なことでないといけない」という思い込みです。

私たちは、小さいころから「なにか一つをやりぬく」ことを推奨されながら生きてきました。

小学生だった頃の夏休みを思い出してみてください。

沖縄の海とセイリング

「何かひとつのことに打ち込みましょう」と「ひとりいちけんきゅう」のようなものを課せられていたのではないでしょうか。

「夏休みは、みなさんが調べてみたいこと、やってみたいことをやる、よい機会です!」と。

これは、「調べたいこと、やってみたいことがいっぱい!それが子ども」という前提。当てはまる子どもも、そうでない子どももいるでしょうけれどもね。

 

「夏休みはひとつのことに打ち込め」と言ってるわりには、感想文も出さなきゃいけないし、一行日記も書かなきゃいけない。

夏休みで一番思い出に残った出来事を絵にする必要もある。

9月には新しい雑巾を持ってこいと言われているから、古いタオルを使って縫う。当時、雑巾は買ってくるものではありませんでした。

それと並行して、毎朝スタンプをもらうためにラジオ体操にも行く。

昼間はほぼ毎日学校のプールに通い、水泳帽に赤やら黒やらの線をプラスするために泳ぐ。

児童の泳力増進のため、25メートル泳げたら赤い線を帽子に縫い付ける。50メートル泳げたら赤い線が1本増える・・・というシステムを導入していた学校は多いのではなかろうか。線をもらってきたら、それも水泳帽に縫い付けないといけません。

一体、どこをどう数えたら「ひとつ」なのでしょう?今でも疑問に思います。 

「カタチ」にするという前提をやめてみる

「ひとりいちけんきゅう」は、好奇心が満たされる経験、達成感を味わう経験など、「やってよかったな~」と思える面は沢山あります。

 

また、感想文・絵・一行日記・ラジオ体操・プール・・・と、あれこれ課題とされていたのも、「世の中にはいろんな分野があるんだよ。絵が苦手でも、泳ぎが得意ならいいじゃないか」という「自分の強み」を見つける機会を与えるという教育的配慮だったのでしょう。おそらく。

 

その一方、「ひとりいちけんきゅう」は、こんなことも教えてくれました。

それは、「ひとつのことに打ち込み、皆から認められるようなリッパなカタチにすること。それがよいことなのです」というひとつの教義です。

 

夏休みの後、教室に飾られる「ひとりいちけんきゅう」。金賞や銀賞の証がはってある「けんきゅう」は輝いていました。

それを見る児童たちには、「ひとつのことを形にして、皆に認められて賞を受賞することはリッパなこと」という共通認識がありました。

 

この感覚が、大人になった今も続いている人は多いです。

すると、カタチにならないこと、目に見える成果があがらないことは、「やっても意味がない」と切り捨ててしまう。カタチになるならないなんて関係なく、ほんとうに、やりたいことかもしれないのに。

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「特にやりたいことはない」と堂々と言おう 

「打ち込めるもの、といっても何もない。好きなことも特にない」

別にいいじゃないですか。

「何かやりたいことがなければならぬ」ことはない。

やりたいことがある時期もある。やりたいことがない時期もある。

 

「好きなことはあるけれど、人に認められるレベルじゃないです」

別にいいじゃないですか。

「やりたいことは、ある程度リッパなことでなければならぬ」ことはない。

教室に飾るわけじゃありません。

カタチにならなくたっていいんです。 もちろん、カタチにしてもいい。

そもそも、リッパかどうかなんて、決めようがない。

自分がやりたいと思ってやったことなら、それで十分リッパ。

 

「私には特にやりたいことがない」ことが、キモチに引っかかっている方。

夏休みを終わらせるという選択もできますよ。

そして、夏休みを終わらせると、「やってみたい」ことがひょっこり出てくることも、よくあります。