響きのいい声を出すコツ 声量のあるお坊さんに聞きました

マイク

私は、ひそかに近所のお寺のご住職のファンです。

もう少し正確に言うと、このご住職の声のファンです。

もちろん、お人柄も良くて素敵なんですが、何はともあれ声が素敵。

とにかく、ものすごく響く。お経を読んでもらうとすごいことになります。

思わず、その響く声の秘訣は?と聞いてみたら、答えは「ラクに出すこと」でした。

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心がけているのは「ラクに声を出すこと」

お経といえば、長い、眠い、足がしびれる・・・としか思わなかったのですが、件のご住職の読経は聞いていて癒される。響きに身を投じられる。聞いているだけで違う世界へ連れていかれる。

このお経は神がかっています…じゃない、仏がかっています。

ということで、思わず聞いてみました。

「癒されます!!ありがとうございました。こういう声を出されるために、何か心掛けていらっしゃることってあるんですか?」

ご住職
そうですね、ラクに出すことは意識してますね。そうすると、ハラから声が出ます

「なるほど~。ラクにっていうのは、具体的には?」

ご住職
今、息子が修行中なんですけどね。お経を読むのを聴いていると、うまく読もう、かっこよく読もうとしているのが伝わってくる(笑)

「え?かっこよく読もうと思っているって、なぜわかるんですか?」

「うまくやろう」としないこと

ご住職
うまくやろうと思いすぎると、体に力みがうまれます。喉にも力が入るんですね。結果、絞り出すような無理のある声になる。聞いている側も苦しい。体をゆるめておなかから出せば、楽なんですけどね~

「なるほど。ご住職の読経の声が気持ちいいのは、うまくやろうとしていないから?」

ご住職
ははは。実はそうなんです。私も若いころは息子のように「よい声を出そう」「うまくやろう」としていたんですが・・・

「お若いころ、そういう考えをされていたこともあったのですね」

ご住職
疲れてしまうんですよ、自分が。そのうち、心を込めてお経を読ませていただければ、別によい声じゃなくてもいいか、なんて気づきまして。なんだかラクになりました。「ラクに読んでます」というと、誤解されるかもしれないですけど

「ラクに読んでいる、というと手抜きか?みたいなイメージがありますもんね」

ご住職
そうなんです。でも「ラクをする」と「手を抜く」はイコールじゃない。「リラックスしていると、心も自然と込められる」んです

「緊張していると、余計なことに頭が回りすぎる気がします。そのせいで本質がおろそかになってしまったり。」

ご住職
人間どうしても「うまくやらなきゃ」と思うと体に力が入りますからね。あと、「人からどう見られているだろうか」というときもそう。気づいていないだけで、体は緊張しています

「おおお!なんか、深い・・・」

ご住職
ワハハ、まぁ、そんな大げさなものではないですよ。すみません、まぁ、自分がラクしたいだけですからあんまり真剣に受け取らないで(笑)。あ、知ってます?「大げさ」って仏教用語なんですよ。大袈裟って書くでしょ。大きな袈裟という意味なんです

「なるほど。確かに、お経を読まれる声にひたっていると、大きな袈裟に包まれているような安心感がありました~」

ご住職
……またそんな、大げさな

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ラクなことには価値がない??

私たちは、

「ラクなことはカンタンにできる。カンタンにできることは価値がない」

「ある程度の苦労をしてこそ、意味がある」と思いがちです。

でも、お経のエピソードで考えてみると。

喉に力をいれて一生懸命に声を絞り出す「苦労」をすると、喉を傷めるかもしれない。聞いているほうもちょっとモゾモゾする。

何より、自分がちょっと窮屈。

ラクに声を出そう~!と思って、ラクに声が出せる姿勢、呼吸の仕方など、ひとつひとつ「ラク」を積み上げていけば、喉もラク。

聞いているほうも心地いい。

何より、自分がラク。

深呼吸

・・・もし、「今の自分は前者だ!」と思ったら。

「わ~お疲れさま!よくやった、OK、OK」と自分をきちんとねぎらい、とりあえず一服しましょう。

だって、ほんとうによくやっているのだから。

そうすると、「そういや、ラクな方を選ぶという選択肢も用意されているのだったね」ということに気づく余裕が生まれます。ラクを選んでいいのだ!

魅力的な声は、ゆるんだ心と体から。