ズバリ言わないタロット占い

あなたの未来をズバリと言うのはあなたです。タロットカードじゃありませ~ん

すべては自分の中にある

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私の座右の書のひとつ、ミヒャエル・エンデの『モモ』。

児童文学ですが、しみじみとステキだなと思う作品です。

 

とある都会のはずれにある円形劇場の廃墟。

そこに、身寄りもなく年齢もよくわからない女の子が住み着きました。

それが、主人公のモモ。

 

廃墟を住みやすく整えてもらったり、食事を分けてもらったりと、近所の人たちに助けられながら、モモはこの廃墟で暮らし始めます。

 

いつの間にか近所の人たちは、困ったことがあると「モモのところに行ってごらん!」というのが口癖に。

モモは、「あいての話を聞くこと」ができたのです。

 

とはいっても、モモは特別なことをしているわけではありません。

ただ注意深く話を聞いているだけ。

相手から考えを引き出すようなことを言うわけでもなく、鋭い質問をするわけでもありません。

 

それなのに、モモに話を聞いてもらっていると、

”あいてには、じぶんのどこにそんなものがひそんでいたかとおどろくような考えが、すうっとうかびあがってくるのです。”  

 

”どうしてよいかわからずに思いまよっていた人は、きゅうにじぶんの意志がはっきりしてきます。”

 

”ひっこみ思案の人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。”

 

”不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいてきます。”

 以上、ミヒャエル・エンデ『モモ』より引用

 なんてことが起こるのです。


対面でタロットカードを展開していると、これと似たものを感じることがあります。

出たカードのキーワードをふたつみっつお伝えする。

それだけで、相談に来られた方自ら、話をするすると紡いでいく。

こんな瞬間に出会うと、私はいつも「うわー!スゴイ!」と思います。

 

人は、自分の中にすべてをもっている。

知りたいことの答えも、必要なものも、すべて。

がんばって、外側から何かを得ようとしなくてもいい。

「内なる自分」を、どーんと信頼するだけで大丈夫なんだな。

この思いを上塗りする瞬間です。

答えがあることはとっくにわかっている。

でも、「答えを求めるプロセスを楽しむ」ために人に相談したり、悩んだりするのかもしれません。

悩んでいるときは、「楽しむ」なんていう意識は全くないと思いますが。

 

”たとえば、こう考えている人がいたとします。おれの人生は失敗で、なんの意味もない、おれはなん千万もの人間の中のケチな一人で、死んだところでこわれたつぼとおんなじだ、べつのつぼがすぐにおれの場所をふさぐだけさ、生きていようと死んでしまおうと、どうってちがいはありゃしない。この人がモモのところに出かけていって、その考えをうちあけたとします。するとしゃべっているうちに、ふしぎなことにじぶんがまちがっていたことがわかってくるのです。いや、おれはおれなんだ、世界じゅうの人間の中で、おれという人間はひとりしかいない、だからおれはおれなりに、この世の中でたいせつな存在なんだ。”

 以上、ミヒャエル・エンデ『モモ』より引用

 


『モモ』に出てくる灰色の男たちは、人々から「むだな時間」を奪っていきます。

仕事は効率よく。できるだけ短時間に、たくさんの仕事をすることがよいこと。

余暇の時間もたくさんの娯楽をつめこみ、せわしなく遊ぶことがよいこと。

大人たちは、こんな考えに染まっていきます。

  

”時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。”

  以上、ミヒャエル・エンデ『モモ』より引用

 

世の中で唯一無二の自分の話を聞いてあげる時間は、決して「むだな時間」ではありません。

むしろ、食事や睡眠と同じくらい必須の時間。

 

自分にとっての「モモ」になって、ひたすら自分の話をきいてあげる。

自分の中にあるものを、丁寧に、焦らず見ていく。

何をしたがっているんだろう?何をしたくないんだろう?

それも、「自分を大切にする」ことのひとつ。

 

 

自分に一番寄り添えるのは、自分だからね~。