じぶん創造タロット

じぶんにとって日々をよいものにするためのHOW

春の断捨離実践中 通知表捨てた編

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「大掃除は、寒い冬より春がイイ」説を実践するべく、春の断捨離中。

 

まぁ、色んなものが出てくる出てくる。

特に紙モノ。領収書、雑多な印刷物や各種資料。

以前、「紙モノを制する者、断捨離を制す」と聞いたことがあるのですが、その通りだなと思いながら床に紙モノを広げています。

 

今回は、小学生時代からの通知表を広げてみました。

捨てたいような、捨てられないような、を繰り返して、しまってあったものです。

 

どの通知表にも、先生からのコメント欄があります。

ひとつだけ、その内容をしっかりはっきり覚えているのが小学校2年生の通知表。

 

「次々と新しいものにとりくむことはすばらしいのですが、ひとつのことに熱中しないものたりなさを感じます」。

 

ひとつのことに熱中しない自覚があった小学校2年生の私は、これを見て「そのとおりだわ・・・」と感じました。

言い当てられた感があまりに強かったせいでしょうか。

私は、先生直筆のコメントを、その筆跡も含めて覚えているのです。

カメラで撮影した画像を記憶してる感じ。

 

そして私は無意識のうちに、この言葉を座右の銘のごとく、反芻し続けていたと思うのです。

「私はひとつのことに熱中しないヒトだからね・・・」と。

これでは、熱中しないように言い聞かせているも同然(笑)

 

熱中して、とことんやりつくして、極めることが「素晴らしい」って誰が決めたんだろう?と疑ってみることもなく。

先生が「物足りない」とおっしゃるのだから、熱中しないのはよくないことなのだわ、と思っていたのですね。

あぁ素直。

 

(それが今では、「続かなくたっていいっすよー」と豪語したりしています  【リーディング例】飽きっぽい私。趣味を極めたいのに何ひとつ続きません - 「ズバリ言わない」タロット占いやってます  )

 

 

今回、通知表を開いてみて感じました。

「はたして、ひとつのことに熱中しなければいけないのか?」

「物足りない」と感じているのは、自分ではなくて先生の話。

私自身はどう感じていたんだろう。

別に、「物足りない」とは思っていなかったんじゃないかな?と。

 

ちょっと客観的にそのコメントに向き合っている自分がいました。

一体、何十年かかっていることやら。

 

もし、誰かに「あなたってこうだよね」と言われたとしても。

それをご丁寧に反芻して自分に刷り込む必要なんて、全然ないのです。

 

もちろん、それをすることが楽しかったり、嬉しかったりするならどんどんやればいい。

 

でも、反芻する内容が、自分を否定的に見てしまったり、可能性を閉ざしてしまうようなことにつながるのなら。

やらなくてもいいんじゃないかな。

 

B'zの稲葉さまも「だったら あげちゃえよ」で歌っています。

 

ーーなんだったら捨てちゃえよ 

太っ腹でゆけ 

ゴミの日に出してしまえ 

ま新しいハートになれるぜーー

 

ということで、他の学年のも含め、持っていた通知表は全部ゴミの日に出しました。

 

ま新しいハートになったぜ!